BabyJ's Diary: バイリンガルシングルマザーのダイアリー

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人間関係で大事なことは繋がることじゃない(2019年12月2日更新)

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こんにちは、BabyJです😌。

人との出会いは、セレンディピティ、幸運な偶然。

そして、出会った人と親しくなるために、自分のことを知ってもらって、相手のことも理解したい。

お互いに自己開示して、理解し合うことでもっと親しくなれるのです。

人間関係で大事なことはただSNSで繋がることじゃないのです。

人間関係、SNSの繋がりだけで安心?

でも、この頃は、表面だけのやりとりで済ませたい人が増えているように感じるのです。

FacebookやTwitterで、毎日「いいね」やコメントををしたり、してもらったりしていると、なんとなくたくさんの人と繋がっているような気がしてしまうのです。

実際、繋がってはいるのでしょう。

そうした繋がりがたくさんあればあるほど、SNSで忙しければ忙しいほど、なんとなくたくさんの友達がいるような安心感があるのかもしれません。

でも、それは錯覚なのではないかな。

LINEで繋がる、毎日の挨拶とやりとり

LINEもそうです。

毎日、LINEでちょっとした挨拶をし合う。

親しい友達や恋人と繋がっていたいから、おはようやおやすみの挨拶をする。それならまだいいけれど。

お互いをまだよく知らないのに、うわべだけの挨拶や表面だけのやりとりを繰り返して、なんとなく関係が築けているように思ってしまう。繋がっているように思う。

それは違うのじゃないかな、と思うのです。

実際に話さなければ人はわからない

SNSやLINEだけでやりとりしても、お互いを本当に理解し合うことは難しいと思います。

文字だけでは、気持ちや思いは伝わらないのです。

会って話すとか、電話で話すとか、直接関わらなければ、生身のその人のことは理解できないのです。

言葉や文字では無味乾燥で、クールなようでも、本当は悩んでいたり、不安に思っていたりするかもしれない。それは文字には現れない。直に会ってこそ、話してこそ、感じ取れることなのです。

文字だけでは、本当は思いがあるのにないと思われたり、メッセージを読む人の受け取り方、解釈で誤解されて、それが運命を決める結果にすらなりかねないのです。

飲み会やイベントで集まって騒ぐ意義

一方、実際に会って関われる飲み会やイベントも実は似たようなところがあります。

皆で飲み会やイベントに集まって、一緒にお酒や食事、音楽やダンスを楽しむ。それはとっても楽しい。文句なく楽しいひと時。

それはそれで私も大好きです。

けれども、それだけでは、一人一人の相手をきちんと知る機会にはならないのです。

ただ、皆でワイワイ楽しく過ごした、楽しかったなぁというだけのこと。

やっぱり私はさしで語り合う方がいいな。相手のことをもっと理解できるし、親しくなれるから。

希薄な繋がり、理解し合えてる?

なんとなく、表面だけやりとりをして、希薄に繋がる。それはそれで繋がった感じはあります。でも、本当にそれは相手を理解して、理解してもらったことになるでしょうか。

答えは明らかにNOです。

相手と関係を築いて、本当に親しくなったとは言えないと思うのです。

人と距離を置きたいハリネズミ

でも、人とのそういう「ハリネズミ的」あり方を心地よいと思う人は最近ますます増えています。

人とは距離を保ちたい。相手に必要以上に踏み込まないし、踏み込んで欲しくない。

相手が何かで悩んでいたり、落ち込んでいたりしても、どうしてそうなのかには踏み込まない。聞かない。知ろうとしない。

踏み込まずに、「元気を出してね。」というだけ。なんだかわからないけど、落ち込んでることはわかるから、励ますよ、というスタンス。

Facebook なんかでよくある状況です。

それでも繋がりたいSNSの安心

1対1の本当の関わりを避けながら、距離を保ったまま、それでも人と繋がろうとするのは何故なのでしょう。

ひとりでは寂しいから人とは繋がりたい。

でも、関わることで自分が傷つくことを恐れているのでしょうか。過去に人間関係で辛いことがあって、人と関われなくなってしまったのでしょうか。

それとも自分に自信がないのでしょうか。

人と関わることは、面倒くさい煩わしいことなのでしょうか。

そういう人達にとっては、なんとなく繋がっているようで、深入りはしなくて済むSNSの関わりが一番安心安全なのかもしれません。

人間関係で大事なのは自己開示

でも、やっぱり私は思うのです。

人と親しくなるには、自分はこういう人間ですよ、ということを伝えて、自分を知ってもらう必要があるのです。

こんなことをやっていて、こんなものが好きで、こんなことを考えていますよ、と。

それがどうして怖いのかな?

自分が自己開示すれば、相手も自分について話してくれる。そうして、お互いの理解が深まって、より親しくなっていくもの。親しくなりたいと感じられる相手には、そうしたいと思うものではないでしょうか。

自己開示しない人は、人と本当に親しい関係を築くことはできないのではないかと思うのです。最近読んだ本にもこんな記述がありました。

まさにその通りと思います。

自己開示は、ありのままの自分、自分らしさを見せることです。自己開示が少ない会話、自分とつき合っていない人の会話は、自分と関係ない情報の交換、人のうわさ話、状況説明だけの話になりがちです。さしさわりのない話なので、お互いに傷つきもしないかわりに、おもしろみも深みもない会話になってしまいます。そんな話しかできない人同士は、いくら付き合っても、親密になれないでしょう。いい人だと思われ、人から近づいて欲しくて自分を隠したのに、人と近づけないといった皮肉な結果に終わります。自己開示をしないことは、自分で自分に責任を取っていないことであり、本人自身も自分を把握することができなくなるでしょう。(「自己カウンセリングとアサーションのすすめ」平木典子)

人間関係で大事なのはただ繋がることじゃない

ハリネズミ同士の関わりでは本当に相手を理解することはできないし、本当の人間関係など築けないのです。

うわべだけ繋がっていても、本当はお互いに理解していない。知ろうともしていない。そんな寂しい状態なのに、自分は1人じゃないと安心するのは、裸の王様と同じ。

相手をよくわかっていないのに無理にうわべだけ繋がる暇があったら、もっと本当の人間関係を築くことに時間を使うべきだと思うのです。

それには、縁あって出会った人達と、まず本音で関わってみることが大事だと思うのです。

ではでは😌👍🏻。(2019年12月2日更新)