BabyJ's Diary: グローバル思考で行こう!

英語学習や英語の仕事、異文化、役立つ学びの体験

何よりも1番大切なこと【コミュニケーション 6】

*最近のまさに日記のような記事は別のはてなブログに移動しました*

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こんにちは、BabyJです😊。

最近、とても悲しいことがありました。

私がいつものように、言いたいことを言い、思いをダイレクトにぶつけてしまったために、とても大切な人間関係を失うことになってしまいました。

言いたいことを言うことは良いことで、それが自分らしくあることだと、ここにも書いてきました。

でも、それがそのまま正しい訳ではないということについて考えたいと思います。

むしろ、言いたいことが言えない人が多い中で、この記事はあまり意味がないかもしれないけれど、自分が決意をここに書くことが、誰かの心に届いたらと思います。

言いたいことをいうのは何故か

先に書いたように、日本では、言いたいことが言えない、言わない人の方が多い。それが当たり前で、それが美徳とみなされている。

では、なぜ、私はそうではないのか。

まず第一に、何年もの間、携わっている海外や外国人を相手に仕事をするという経験から、欧米的な「ダイレクトにものを言わなければ伝わらない」、という思考が身についてしまっているから。

だから聞くべきことははっきり聞く。相手の意見と自分の意見が異なる時は、はっきりと自分の意見を言う。言うことできちんと話し合いができて、お互いが納得できる答えを見つけることができるから。

そのようなやり方でどんなに複雑な仕事でも1つ1つ着実にこなしてきた。だからそのやり方は有効で、それは良いこと、と思っていた。

でも、それは海外を相手にした「仕事」だったから。

普通の人間関係では良いことなのか

私の過ちは、このやり方を普通の人間関係にも持ち込んでいたこと。

人との関わりで、相手がどう思っているかわからなかったり、何故そういう態度や行動を取るのだろう、と思った時に、単刀直入に聞いてしまっていた。

普通なら察しなければいけない、わからないままでいいではないかということまで聞いてしまう。わからないことを推測して、不安でいるより聞いた方がすっきりすると思ってしまっていた。

さらに悪いことに、私と関わる人達が皆、私は欧米人のようにダイレクト、だから、そういう対応をしても仕方がない、と受け入れてしまっていた。

だからそれが、普通の人間関係ではおかしい、間違っているということを、身をもって気づくことがないままだった。

なんとなくおかしいかもしれないと自分でも気づいてはいても、それで済んでしまっていた。

人が言いたいことをいわない理由

何故それが間違いなのかは、改めて、何故多くの人達が、言いたいことを言わないのか聞かないのかをよく考えればわかる。

相手の立場や状況を考えてこんなことを言って良いだろうかと考えるから。

言われたらどういう気持ちがするか、言った自分をどう思うか。相手に言う、聞く、という自分の行動がどう解釈され、どんな影響があるのか。いろいろな可能性を考えたら怖くて言えない。

そして何よりも、人との関係を良好に保つのが第一だから言わない。

言う、聞く、という危険を冒すよりも、わからないことは曖昧のまま、あるがまま受け入れて、そのままでいることを選ぶ。

何が大切なのか

確かにその通りだと思う。1番大切なことは人との良い関係を保つこと。

全てのことに白黒をつけ、はっきりさせることではない。

人間関係は曖昧でわからない部分があって当然。グレイの部分があって当然。だからこそ味わいのあるものなのだ。

言うという危険を犯して得られるものは、自分がすっきりするという自己満足だけ。むしろマイナスにしかならない。

自分はただ聞きたかっただけだと言っても、言われた方はそのようには解釈しない。言われた人は驚きと共にとその人なりの枠組みで解釈する。その解釈は自分が全く意図しないでものである可能性だってある。

すべきことは

生きていくうえで、1番大切なのは、人との出会いや人との関係。人との間は、長い時間をかけてゆっくり自然に育てるもの。

ところどころでいちいち白黒はっきりさせて、分かろうとするものではない。

大切な人間関係と、言いたいことを言い、聞きたいことを聞くことの大きな代償。本当に大切なものを失ってまで、自分のやりかたを通すのはもうやめよう。

何が大切なのかを秤にかけたら、当然のことだと心から思う。

私は「ボブという名の猫」のベティのような人になりたい。

ではでは😊👍🏻。