BabyJ's Diary: バイリンガルシングルマザーのダイアリー

英語の仕事生活、異文化、役立つ学びの体験、そして、50代の幸せ探しの日々

樹木希林になりたい【恋愛 7】

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こんにちは、BabyJです😌。

つい先日、樹木希林が闘病生活の末に亡くなりました。

私は、まだ30代だった樹木希林 (悠木千帆) が、ジュリー好きのお婆さん役を演じた『寺内貫太郎一家』を現役で観ていました。あの頃は西城秀樹の大ファンだったので、あの番組が大好きで毎週観ていたものです。

亡くなってすぐのこの週末、テレビでやっていた特集番組を観ました。そして、樹木希林の内田裕也への愛のあり方にとても心を打たれました。

内田裕也が、離婚届を勝手に提出した際、まだ30代だった樹木希林は、全く動じず、「これからが本当の夫婦だわ」と言った。

普通なら、一方的に夫から離婚を迫られたら、とてもショックで自暴自棄になったり、自分の身を守ろうとしたり、逆に相手と戦ったりするだろう。

でも、彼女は、その当時、まだ30代という若さであったにも関わらず、全く動じずに、「これからが本当の夫婦だわ」と言ったのだ。なんという強さだろう、なんという大きさだろう。

彼の良さがわかっているは自分だけ

暴力を振るわれ、家の中は滅茶苦茶。お金のことも女性関係も無茶苦茶で、子供ができても家庭を顧みない夫。

それでも、そんな夫にも良いところがある、それをわかっているのは自分だけだ、と全てを受け入れて、夫から離れなかった。どこまでも愛し続けた。

どんなに夫が無茶苦茶でも、自分だけはわかっている。夫の素晴らしいところ、美しいところがわかっている。自分だけは知っている。それがずっと変わらなかった。

自分でなければ駄目という自信

それだけではない。樹木希林は言った。「夫は私中毒。私も夫中毒なのだ」と。

アルコール中毒、麻薬中毒、ゲーム中毒などいろいろあるけれど、「中毒」というのは、やめたくてもやめられないこと。

やめた方がいい。続けたら、身をもち崩す。それなのに、惹きつけられてやらずにいられない。やめられない、それが中毒。

お互いになくてはならない、どうしても断つことができない関係ということ。

それも、自分だけがそうなのではなく、相手も自分に対してそういう状態なのだ、と断言できる自信。自分でなければ相手は駄目なのだ。支えられるのは自分だけだという自信。

彼女の揺るぎない愛はそうした自信が大きな支えになっていたのだろうと思う。

何かをしてもらえるからじゃない

何かをしてくれるから夫が必要なのではない。

高価なものを買ってくれるとか、どこかに連れて行ってくれるとか、いつもそばにいて守ってくれるとかではない。

50年以上の結婚生活で、一緒に暮らしたのはたったの2年余り。

50年余りの別居生活。その間、男女としての関係はなかったのではないのだろうか。

その間、夫がどんなに好き勝手な行動をしようとも、全てを受け入れ、自分は1人で淡々と生きた。あるがままに。飾らずに。

私が恋愛のバイブルにしているDr. John Grayの本によると、ベスト・パートナーは、肉体、感情、心、精神の4つの惹かれ合う力が働くのだという。

樹木希林と内田裕也は、肉体以外の全てで強く惹かれあっていたのではないだろうか。

仏の手のひら

50年という歳月の中で、内田裕也は、樹木希林という仏様の手の平の上で生きていた、と特集でキャスターが言っていた。そのとおりだという気がする。

仏様の無償の愛があり、そして、手のひらの上の人も本当は仏様を心から求め、愛していた。そんな気がする。

手のひらの上に人は、自分でちゃんと気がついていたのかいないのかわからないけれど。仏様の方は分かっていたのだ。そして深い愛で愛する対象を守っていたのだ。

そこまで愛せるぴったりの相手

特集番組の中で、樹木希林が言っていた。

どちらも変わり者で、似た者同士だと。だからお互いでなければ駄目なのだと。それを樹木希林は、まだ若いうちから分かっていたのだろう。

一緒に暮らしていても愛のない夫婦もたくさんいる中で、一緒にいなくても分かり合える、魂で求め合える「本物の夫婦」だったのではないか。一緒にいないからこそ本物を貫けたとも言えるけれど。

そういう相手にめぐり会えた2人は本当に幸せだと思う。そんな相手にめぐりあうことなく一生を終える人の方が多いのだから。

だから、もしも、そういう人にめぐり会えたら、大切にしたい。そして、樹木希林のようになりたい、と私は思うのです。

ではでは😌👍🏻。