BabyJ's Diary: バイリンガルシングルマザーのダイアリー

英語と異文化と好きなことが詰まったワクワクの毎日

ニューオリンズ 黒人コミュニティでの体験【異文化 2】

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こんにちは、BabyJです😊。

今日は、アメリカの黒人ゴスペルミュージシャンである元夫とまだつきあっていた頃に、彼の故郷、ニューオリンズで体験したちょっと驚く体験についてお話しします。

お父様の愛人の子供が空港に

現地、ルイ・アームストロング空港に到着。

彼は、男の兄弟が2人いると聞いていたのに、空港に迎えに来たのは、若い女性。

あれは、誰?と陰で聞くと、お父様の愛人の子供だという。ご両親は離婚したけれど、お母様はお父様の愛人の子供を育てたのだそうだ。

彼のお母様は、大きくて、暖かい肝っ玉母さん風。太陽のような明るさで、”Oh, baby!"と言って、私たち2人を抱きしめた。

そんな明るさとおおらかさだから、誰の子供でも子供は子供だったのだろう。。

食事が別?

私達が泊まる部屋がないということで、私達は、お母様のところではなく、近所のコテージのようなところを事前に手配。そこに宿泊して、食事のときだけ、お母様のところに通った。

実は、この時は、クリスマスから年末年始の時期だった。

にも関わらず、食事は家族皆、別々。

お母様が作ったケイジャン料理 (ニューオリンズに多い、クリオール<黒人と白人のハーフ> の伝統的料理で、豆をふんだんに使っている) の作り置きが冷蔵庫のタッパーウエアに入っていて、食べたい時に電子レンジでチンして食べたのだ。私達だけで。

クリスマスなのに、家族団欒で食事をすることが1度もなかった。

聞けば、小さい頃に離婚してから、お母様は、3人の子供を育てるために、看護婦として朝晩働いていたのだという。だから、一緒に食事をすることはなかった。今のように作り置きのタッパーウェアーを温めて食べていたのだという。それが習慣なのだ。

理解できる状況だと思った。

でも、アメリカ留学中に体験した、白人宅でのクリスマスとはあまりに違っていた。

親戚も交えて、家族皆が集まってクリスマスの食事をする。その後、大きなクリスマスツリーと暖炉のある温かいリビングで、プレゼント交換する。

それがアメリカのクリスマスだと思い込んでいた。

タクシーにぼられる

ニューオリンズ郊外の彼の家のある街には、黒人しかいない。日本人は私だけだった。

タクシーに乗って街に行った時に、計算していたよりもかなり多くの料金を求められた。私がおかしいと言ってタクシードライバーに抗議しようとしたら、元夫が言った。

「殺されたくなかったら黙っていた方がいい。」

仕方なく、私は、納得がいかない料金を黙って払った。確かに抗議したら撃たれそうだったから。

注文を取りにこない

街でレストランカフェに入った時のこと。

席について、いくら待っても注文を取りに来ない。後からやって来た隣の白人達のテーブルの注文は済んでいるのに。

私が何度も催促したので、やっと注文を取りに来たけれど、全部の注文に付くはずのスープ用のビスケットやサラダなどが出て来ない。隣のテーブルには出ているのに。

ここでまた、私は抗議した。「支配人と話がしたい。」と。

白人の支配人に私は訴えた。「あのウェイターは、私たちにこういう差別的対応をした。どういう教育をしているか。謝罪して欲しい。」と。

ウェイターではなく、支配人が謝罪し、無料券を提示された。

もちろん、私は断った。「こういうものが欲しくて抗議したのではありません。」と。とにかく言うことは言い、払うものは払って店を出た。

ところが、店を出た後で、元夫は言った。

「こんなこと (抗議をしたこと)をして、あのウェーターが可哀想だ。首になるかもしれない。」

あんな扱いをされても、ウェーターの身を案じるのか?

長い歴史の中で、そういう扱いや状況に慣れてしまっている。そういうものとして受け入れてしまっているからなのだろう、と私は思った。

私は初めてで、慣れていないからいちいち差別的扱いに対して、抗議しようとするのだ。

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緊迫した中国人経営食料品店

さらにまた、黒人地区にある中国人経営の食料品店に行った時のこと。

白人のかなり年老いたお婆さんが、カウンターで、フードスタンプ (政府から低所得者層に支給される割引券のようなもの) を差し出して、食料品を買おうとしていた。

でも、何かの条件を満たしていないらしく、中国人店主は、券を受け取らず、「出直すように。」と言った。

でも、お婆さんは、「遠いところから時間をかけて来たのだから、どうかフードスタンプと商品を交換して欲しい。」と懇願していた。

お婆さんの後ろには、「いい加減にしろよ。とっととしやがれ。」という態度の怖そうな黒人がずらーっと並んでいた。

私は、「可哀想じゃないの!私が代わりにお金を払う!」と元夫に言った。

でも、再び、「殺されたくなかったら何もするな。仕方ないことは仕方ない。」と言う。

結局、お婆さんは何も手にできないまま黙って出て行った。そこまでの間、店には緊迫した空気が張りつめていた。

全てが当たり前のこと

さまざまなことに私は驚いたけれど、アメリカの黒人社会では、当たり前の日常なのだ。

滞在中に、何度、元夫から「殺されたくなければ」という言葉を聞かされたことだろう。

私は黒人や黒人文化が好きで、黒人の映画を観たり、音楽を聴いたりしていた。黒人の友達もいる。

でも、日本にいるアメリカ黒人と本場アメリカ社会でのアメリカ黒人はまるで別物なのだ。

置かれている状況が違う。

アメリカでは日常的な根深い差別がある。

日本にいる黒人は、黒人だということで、もてはやされることだってある。私のように、黒人や黒人文化が好きな日本人はたくさんいるから。

トランプが大統領である今はなおさら、黒人ハーフでアメリカ国籍を持つ自分の子供には、アメリカには行かせたくない、と思ってしまうのでした。

ではでは😊👍🏻。