BabyJ's Diary: バイリンガルシングルマザーのダイアリー

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反応しない練習【生き方 12】

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こんにちは、BabyJです😌。

実は、しばらく前に嫌なことがあって、ずっとそのことに対する怒りの気持ちを消すことができないでいました。

私はクリスチャンなので、本来なら、どんなこともも許さなければいけないのですが、どうしても許せないという気持ちを消すことができずにいたのです。

そんな時、たまたま、僧侶である草薙龍畯 (くさなぎりゅうしゅん)という方が書いた『反応しない練習』という本に出会いました。「正しく考え、ムダな反応をしないことが全ての問題の解決である」というブッダの合理的な教えを紹介した本です。

大昔のブッダの教えが、これほど合理的で実用的で、現代に適用できることに驚くと共に、とても役立つ考え方だと思ったので是非ご紹介したいと思います。

心のムダな反応を止める

嫌なことや、うまく行かないことがあると、私は、常にそのことに向き合って、自分の力で解決しようとしてしまいます。

そんなことには負けない、状況を改善しよう、解決しよう、と努力し続けるのです。あんなこと、あんな人には負けない、とポジティブに、どんなことも解決できると信じて。。

けれども、草薙僧侶は言います。それはムダであると。反応することそのものを止めなさい、と。

人は悩みに直面したとき、つい反応して「闘おう」としてしまいます。不愉快な相手、ままならない現実に真っ向から向き合って、反応して、なんとか変えてみせよう、打ち勝ってみせようと、もがき、あがきます。

しかし真相は、「闘って勝てる」ことは、人生にはほとんどありません。

あなたが今以上に「強く」なっても、「ままならない現実」は、いつもそばにあり続けるでしょう。

ブッダが語る「人生には苦しみが伴う」という現実は、永久の真理です。この現実は、「闘う」という発想だけでは、決して乗り越えることはできません。

もっと、合理的な考え方が必要とされているのです。「ムダな反応をしない」という心がけです。

悩みを正しく理解する

では、どうしたら、ムダな反応を止められるのか?

まず、大切なのは、悩みや苦しみの正体を正しく理解することです。

「嫌なことが起きた」という出来事から→「頭にくる」「嫌な気持ち」という心の反応がある。嫌なことが起きたから頭に来た。相手がそういう態度を取ったから怒りを抱いた。

けれども、本当の理由まで遡って考ると、「自分の欲求」が背後にあるのですね。

こうして欲しかった、こうあるべきだった、けれども、それが満たされなかった。

頭にきたのは、「嫌なことが起きたから、相手が嫌な態度を取ったから」ではない。自分の欲求が期待とおりに満たされなかったことが本当の原因。

その事実を自覚することが必要なのです。

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自分の欲求は妄想

けれども、ブッダは、心は満たされることはない。だから、満たされないと言って反応するのは空回りにすぎず、意味がない、と言います。

満たされなければならない、と決めているのは自分。そのような一方的な欲求や期待は自分の頭の中にしか存在しない「妄想」である。

妄想が怒りや不満を引き起こしているのです。

妄想に執着して苦しみ続けるより、そんなものは手放しなさい、と草薙僧侶は言います。

人は、苦しみ続けるより、苦しみから自由になることを、人生の目標にすべきです。過去も、判断も、全部 、“手放す”。そして楽になるのです。

悩みを正しく理解しないままでは、妄想であるにも関わらず、怒りと不満が正当なものであるかのように思えてしまう。まさに私がそうでした。

相手の反応と自分の反応は別のもの

自分がどんな欲求を持っていようと、相手がどう反応するかは相手の考えや判断によるもの。

だから、相手の反応は相手に委ねるべきで、それを正しい、正しくないと判断するのはそぐわない。そのような判断は自分の頭の中の妄想なのだ。

相手がどんなに腹が立つようなことをしたとしても、「反応しないことが最高の勝利である」と草薙僧侶は言います。

もし、罵る者に罵りを、怒る者に怒りを、言い争う者に言い争いを返したならば、その人は相手からの食事を受け取り、同じものを食べたことになる。

わたしはあなたが差し出すものを受け取らない。あなたの言葉は、あなただけのものになる。そのまま持って帰るがよい。

ーサンユッタ・二カーヤ  *ブッダの聖典

私は、過去のある人の行動や態度について、ずっと怒りを抱き続けていた。でも、その人は、その人の人間性、価値観、思考、考え方、今までの経験からそのように行動した。それはその人にとっては、自分らしい自然なこと正しいこと。

だから、その人が、私と同じような枠組で考え、私が正しいと思う行動をしなかったからと言って、不満に思っ怒ったりするのは、私の勝手な妄想なのだ。

不快だ、違う、と思ったら、受け取らない、反応しなければいいのだ。

心の半分は前に、半分は後ろに

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そうは言っても、嫌なことが起きたら嫌な気持ちになるのは避けがたく、「正しく考え、ムダな反応をしない」のが良い、と言われても実行は難しい。

それを実践するために、草薙僧侶が提案するのは、「心の半分は前に、半分は後ろに」と言う心のあり方。

相手と接するときに、心の前半分を相手を「見る」ことに使う。

「見る」というのは、自分の判断や解釈を交えずに、あるがまま「理解する」こと。関係のない第3者のような客観的な態度で。

そして、心の後ろ半分では、自分の心の反応を「見る」。怒りや不満を感じていないか。妄想が湧いていないか。

つまり、妄想に根ざした心の反応をしないよう、自分の心の見張りをするのです。

相手とどう関わるか

では、人間関係で苦しまないためには、どう相手と関わっていくのが良いのか。

まず、相手に対する判断をしないこと。マイナスと思える点も許せないと思える点も、自分の解釈、判断によるもの。

自分とは別である相手に対して判断し、評価すること、そんな気持ちを持ち続ける執着は、心を平安にしないし損なだけなのです。

そして、過去の記憶に反応しないこと。

相手が過去に取った態度や行動を思い出して、怒りを感じ続けても、それは、現実の相手ではなく、今は存在しない過去の記憶である。まさにそうですね。。

また、人や心も”無常”で、うつろいゆくもの、変わっていくもの。だから、相手は初めて会った人、別人であると考えること。

幸せは快、不幸は不快

そして、草薙僧侶は、最後にとても大切なことを提唱しています。

ブッダの教えでは、快 (喜びや楽しさなど)を感じている時が「幸せ」、不快 (怒りや、恐れ、不安、不満など)を感じている時が「不幸」な心の状態だと考えます。

だから、幸せになりたいのであれば、快をもたらすことを積極的にやろう。不快な感情をもたらすことは手放そう、と言っています。

例えば、美味しいものを食べる、好きな音楽を聴く、好きなことをする。不満や不安しかもたらさないもの、不快な気持ちになるものは手放す。

ムダな反応をしないで済むように、自分で選ぶことが大事だ、ということです。

とても現実的で合理的なブッダの教え。

言うは易し行うは難しだけれども、前と後ろが半分になっている心をイメージしつつ、これからもこの考えを実践して行かねば、と思うのでした。

ではでは😌。

 草薙龍畯 反応しない練習 ーあらゆる悩みが消えていくブッダの超・合理的な考え方