BabyJ's Diary: グローバル思考で行こう!

英語を使って働くこと、自分らしい仕事生活、外国人とのつきあいや異文化体験、役立つ学びの紹介など

英語できないまま英語のお仕事【英語 2】

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こんにちは、BabyJです😊。

前回は、留学しても勉強ばかりしていて、英語が話せないまま帰国したお話を書きました。そこからどうやって英語が話せるようになったのかを、今回と次回とでお話します。

前回のお話を知らないかたは以下を読んでいただけたら幸いです😌。

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帰国して、英語で有名な大学に編入しました。授業も学生生活も全て英語でやる学部に。早見優アグネス・チャンも卒業したあそこです。周りはほとんどが帰国子女か留学生。私のように完璧に日本人で母国語が日本語というのは少数派。そんな環境で、日本での大学生活が始まったのです。

相変わらず、授業はよくわかったし、アメリカにいた時と同じように、勉強、勉強の日々。

ところが、それだけでは済まなかったのです。

あの頃は、「上智大学比較文化学部の学生」である、というだけで、「英語がペラペラの帰国子女」と思われてしまう傾向がありました。*今は「国際教養学部」という名称になっていました😳。

そして、英語のお仕事がいろいろ舞い込むこととなりました。そして、私はそれを全部受けました。

英語は話せないし、翻訳や通訳の方法を学んでもいない。英語ができる帰国子女のイメージを持たれることに気分を良くして、何か錯覚していたのかもしれません。勉強していないから、やったことがないからできないという思考もなかったのですね😅。

1番最初は、某大手出版社の週刊誌でフリーの記者をしていた友人から、チベットの紛争についての記事翻訳の依頼です。

チベットの紛争のことなんか全然知らない。今ならそのトピックの背景をしっかり下調べして、専門用語リストを作ってから、直訳でなく意訳する。でも、そんなことは知らないので、とにかく言葉を直訳した。

結果は中学生の英作文よりひどいものでした。数万円と事前に言われていた報酬は、友達から微妙な態度で渡されました。多分、あれは会社に却下され、彼のポケットマネーからの支払いだったのでしょう。

その次は、外国人向けバスツアーのガイドアシスタント。これは科目の履修登録の時に、たまたま前に並んでいた人から誘われたものです。その人は通訳案内士としてガイドをしており、アシスタントを探していたのです。

アシスタントは、いろいろなホテルに行ってツアーのお客様をピックアップする仕事。これはさすがに簡単な上、各国からのお客様と話せるし有名ホテルにも出入りできるので、英語だけでなくいろいろな面で勉強になりました。

結局、こちらの方は、デイツアー、ナイトツアーと週に4日間、大学卒業までの3年間続けることになりました。ツアーアシスタントと言っても全行程着いていく訳ではないので。

その他、産休に入る友人から依頼され、区民会館で半年間、英会話講師の代行も務めました。

近所に住む中高年の奥様が受講生。受講生からは、「先生の授業は文法やパターンの説明がとてもわかりやすい。本物の英語のコミュニケーションの練習ができるいつもの先生の授業と両方あったらいいのに。」と言われました。私は、その友人のように英語が流暢じゃなかったから😅。

このように、日本の大学での3年間、ずっと横で英語を使って働いていました。大学では勉強、勉強でインプット。外ではお仕事でアウトプット。それを3年続けたのです。その結果、多分卒業する頃には、一応は英語が話せるようにはなっていたのです。

それでも、全く不自由なく外国人とも対等に仕事ができるレベルになるまではまだまだ。大学を卒業し就職しても、その横でさらなる努力の毎日が続くのです。

続きは、また次回。

ではでは😊👍🏻。